工具材質

概要
切削工具材質と材種の選択は、最適な加工プロセスを計画する際に考慮すべき重要な要因です。
それぞれの加工用途に合わせて適切な選択をするには、各切削工具材質とその性能に関する基礎知識を理解することが重要です。考慮すべき点として、加工する被削材質、種類や形状、およびそれぞれの加工に必要な加工条件と要求される加工面の品質が含まれます。
この章では、各種切削工具材質に関する長所や最大限に利用するための推奨事項を説明します。
切削工具材質には硬度、じん性および耐摩耗性から成るさまざまな組合せがあり、明確な特性を持つ多数の材種に分類されます。一般的に、加工用途に有効な工具材質は、以下の条件を満たす必要があります。
- 硬くて、耐逃げ面摩耗性と耐変形性があること
- じん性が高く、耐欠損性があること
- 被削材質と反応しないこと
- 化学的に安定し、耐酸化性と耐拡散摩耗性があること
- 急激な熱変化に強いこと
コーティング材種
- CVDコーティング
- PVDコーティング
- 超硬母材
コーティング材種とは?
コーティング材種は現在、全切削工具チップの80%~90%に及びます。コーティング材種が工具材質とし採用されている理由は、耐摩耗性とじん性を併せ持ち、複雑な形状にも成型可能であることが挙げられます。
コーティング材種は超硬母材とコーティングを組み合せたものです。超硬母材とコーティングから特定の加工に最適化した材種が作られます。
コーティング材種はさまざまな工具で加工する際の第一推奨です。
CVDコーティング

定義および特性
CVDとはChemical Vapor Deposition(化学蒸着法)の略語です。CVDコーティングは700~1050°Cの温度下で化学反応によって生成されます。
CVDコーティングは耐摩耗性に優れ、超硬合金への密着性にも優れています。
初めて製造されたCVDコーティング超硬材種は単層炭化チタンコーティング (TiC) でした。その後、アルミナコーティング (Al2O3) と窒化チタン (TiN) コーティングが導入されました。現行の炭窒化チタンコーティング (MT-Ti(C,N) またはMT-TiCN、MT-CVDとも呼ばれる) は、超硬母材との密着性の高さを利用して材種特性を高めるために最近になって開発されたものです。
現行のCVDコーティングは MT-Ti(C,N)、Al2O3およびTiNを組み合せたものです。溶着、じん性および摩耗特性に関するコーティング特性は微細組織の最適化と後処理を通して常に改善されてきました。Inveio™ テクノロジーの詳細はこちら。
MT-Ti(C,N) - 硬度が高いため、耐コスリ摩耗性を発揮。その結果、逃げ面摩耗が低減。
CVD-Al2O3 - 熱伝導性が低い不活性材種で、すくい面摩耗に強い。断熱効果もあり、耐塑性変形性を改善。
CVD-TiN - 耐摩耗性を向上。摩耗検知に使用される。
後処理 - 断続切削時の切刃じん性を向上させ、被削材の溶着を低減。
加工用途
CVDコーティング材種は耐摩耗性が要求されるさまざまな加工の第一推奨です。この種の加工は鋼の一般旋削やボーリング加工に見られ、厚膜のCVDコーティングにより高い耐すくい面摩耗性を発揮します。また、ステンレス鋼の一般旋削加工や、鋼 (ISO P)、ステンレス鋼 (ISO M)、鋳鉄 (ISO K) のフライス加工にも適用されます。穴あけ工具には、一般的にCVDコーティング材種が外周刃に使用されます。
PVDコーティング

定義および特性
PVD(Physical Vapor Depositionの略で、物理蒸着法の意味)コーティングは、比較的低温(400~600°C)で形成されます。この工程では、金属が窒素などと反応して蒸発し、切削工具表面に硬い窒化物コーティングを形成します。
PVDコーティングは硬いため、材種の耐摩耗性が増します。また、PVDコーティングの圧縮応力により、切刃じん性および熱亀裂に対する耐性が強化されます。Zertivo™ テクノロジーの詳細はこちら。
PVDコーティングの主な構成要素について以下に説明します。現行のPVDコーティングは単層および/または多層構造を有します。多層コーティングはナノメートルレンジの薄い層を積層しており、コーティングのじん性を高めています。
PVD-TiN - 窒化チタンは最初のPVDコーティングで、オールラウンドな特性を持つ金色の材種。
PVD-Ti(C,N) - 炭窒化チタンはTiNより硬く、高い耐逃げ面摩耗性を有する。
PVD-(Ti,Al)N - 窒化チタンアルミは高硬度で耐酸化性を兼ね備え、全般的に耐摩耗性を向上。
PVD-オキサイド - 化学的に安定し、耐すくい面摩耗を高めるために利用される。
加工用途
PVDコーティング材種は高じん性でシャープな刃先だけでなく、溶着しやすい被削材の加工にも推奨されます。加工用途は広範囲に及び、あらゆるソリッドエンドミルとソリッドドリル、および溝入れ、ねじ切り、フライス加工用の多数の材種が含まれます。また、PVDコーティング材種は一般的な仕上げ加工やと穴あけ加工時の中心刃材種としても幅広く使用されています。
超硬母材
定義および特性
超硬母材は粉末冶金材料で、炭化タングステン (WC) 粒子と結合剤としての金属コバルト (Co) から成る複合材料です。金属切削加工用の超硬チップは80%を超える炭化タングステン相を含有します。また、傾斜組成層を有する材種には、さらに立方晶炭窒化物が含まれます。超硬母材本体は粉末成形法または射出成形法でボディに形成された後、十分な密度に焼結されます。
WC粒度(炭化タングステン粒子の粒径)は材種の硬度とじん性との関係を調整する際に最も重要になるパラメータの一つです。粒度が細かいということは、所定の結合剤含有量で硬度が高いということです。
コバルト (Co) を多く含んだ結合剤の量と組成によって材種のじん性と耐塑性変形性を調整します。WC(炭化タングステン)の粒度が等しい場合は、結合剤の量を増やすと高じん性材種になり、塑性変形摩耗が発生しやすくなります。結合剤の含有量が低すぎると、脆性材料になる恐れがあります。
立方晶炭窒化物はγ相とも呼ばれ、基本的に高温硬度を高めて、傾斜組成層を形成するために配合されます。
傾斜組成層は優れた耐塑性変形性を切刃じん性と組合わせるために使用されます。立方晶炭窒化物が刃先近傍に集中することで必要な高温硬度を向上させ、その他のチップ表面部は、炭化タングステンに結合剤が多く含まれる構成により、チッピングや亀裂に強くなります。
加工用途

WC粒度: 中粒~粗粒
WC粒度が中粒から粗粒の超硬母材は優れた高温硬度とじん性を兼ね備えており、あらゆる領域の材種において、CVDまたはPVDコーティングと組み合せて使用されます。

WC粒度: 微粒~超微粒
WC粒度が微粒から超微粒のものは、PVDコーティングとの組み合わせでシャープな刃先を有する工具に適用され、刃先の強度を高めます。また、継続的に繰り返される機械的または熱的変動に対しても優れた耐性を発揮します。一般的な適用範囲は超硬ソリッドドリル、超硬エンドミル、突切りおよび溝入れチップ、フライスカッターおよび仕上げ用材種です。

傾斜組成を有する超硬母材
二つの特性を併せ持つ傾斜組成層を含んだ材種は、鋼およびステンレス鋼の旋削加工、突切り加工および溝入れ加工用の多数の第一推奨材種においてCVDコーティングと組み合せて適用されています。
ノンコート超硬材種

ノンコート超硬材種とは?
ノンコート超硬材種が、全切削工具ラインナップに占める割合はごくわずかです。これらの材種はWC/Co単体か、あるいは多量の立方晶炭窒化物を含んでいます。
加工用途
この材種の一般的な加工用途はHRSA(耐熱合金)またはチタン合金および高硬度材の低速加工です。
ノンコート超硬材種は、摩耗の進行が速くなるものの均一で、刃先のシャープさが保たれる特徴があります。
サーメット材種

サーメット材種とは?
サーメットはチタンベースの硬い粒子で構成された超硬合金です。サーメット (cermet) という名前はセラミック (ceramic) とメタル (metal) という言葉を組み合せたものです。元来、サーメットは炭窒化チタン (TiC) とニッケルの複合材料でした。現行のサーメットはニッケルが含まれておらず、コア粒子が炭窒化チタンTi(C,N) で、第2硬質層がTi/Nb/W(C,N) と、タングステンを多く含むコバルト結合剤で構成されています。
Ti(C,N) で耐摩耗性を追加し、第2硬質層で耐塑性変形性を強化し、コバルトの量でじん性を調整します。
超硬合金と比較して、サーメットは耐摩耗性に優れ、溶着が発生しにくい材種です。一方、圧縮強さと耐熱衝撃性には弱い材種でもあります。また、サーメットは耐摩耗性を高めるためにPVDコーティングを施すことも可能です。
加工用途

サーメット材種は、構成刃先が問題となる溶着の発生しやすい加工に用いられます。摩耗の進行が遅く、長時間の使用後も刃先のシャープさが保たれる特徴があり、切削抵抗を低く維持することができます。特に仕上げ加工においては、寸法公差を維持して長寿命が得られ、また光沢のある加工面が得られます。
一般的な加工用途は、ステンレス鋼、ダクタイル鋳鉄、低炭素鋼やフェライト系鋼の仕上げ加工です。サーメットは、あらゆる鉄系材料での問題解決にも適用されます。
ヒント:
- 低送りと浅い切込みで使用する
- 逃げ面摩耗が0.3 mmに達したら、切刃を交換する
- 切削油を使用せずに加工することで、熱亀裂と欠損を回避できる
セラミック材種

セラミック材種とは?
セラミック切削工具は、いずれも高い切削速度で優れた耐摩耗性を発揮します。
さまざまな加工に使用できるセラミック材種が多数あります。
アルミナ系セラミックはアルミナ (Al2O3) がベースで、亀裂を抑制するためにジルコニア (ZrO2) が配合されています。その結果、化学的に非常に安定した材質が生成されますが、耐熱衝撃性は劣ります。
(1) 混合セラミックは立方晶炭化物または立方晶炭窒化物 (TiC, Ti(C,N)) を配合することにより、粒子が強化されています。このため、じん性と熱伝導性率が高くなります。
(2) ウィスカー強化セラミックは大幅にじん性を高めて、切削油が使用できるようにするために、炭化ケイ素系ウィスカー (SiCw) を使用します。ウィスカー強化セラミックはニッケルベース合金の切削加工に最適です。
(3) 窒化ケイ素系セラミック(Si3N4) 別のセラミック材料グループの代表的な材種です。細長い結晶によって高じん性の自己強化型の材質が生成されます。窒化ケイ素系材種はネズミ鋳鉄の加工に有効ですが、耐化学摩耗性に欠けるため、その他の被削材質での使用は制限されています。
サイアロン (SiAlON) 系材種は、自己強化型窒化ケイ素系のじん性とアルミナ系の耐化学摩耗性を併せ持ちます。サイアロン系材種は耐熱合金 (HRSA) の切削加工に最適です。

(1) 混合セラミック

(2) ウィスカー強化セラミック

(3) 窒化ケイ素系セラミック
加工用途
セラミック材種はさまざまな加工と被削材に適用することができます。最も多く使用されるのは高速旋削加工ですが、溝入れ加工とフライス加工にも使用されます。各セラミック材種の大きな特徴は、正しく使用した場合に高い生産性が得られる点です。使用に際しては、いつ、どのように使用するかを認識することが非常に重要となります。
セラミック材種は一般的に、耐熱衝撃性とじん性が劣るとされています。
CBN(多結晶立方晶窒化ホウ素)材種

CBN(多結晶立方晶窒化ホウ素)材種とは?
CBN(多結晶立方晶窒化ホウ素)は非常に高い切削速度で使用が可能な、高温硬度に優れた材質です。また、優れたじん性と耐熱衝撃性も発揮します。
現行のCBN材種はCBN含有量が40~65%のセラミック複合材料です。セラミック系結合剤によりCBNに耐摩耗性が加わることで、化学的摩耗の発生を抑えます。別の材種グループはCBN含有量が高い材種で、85%~ほぼ100%に達します。これらの材種には、じん性を高めるために金属結合剤が含まれることがあります。
CBNチップは、超硬合金にCBNをロー付けして製造されます。Safe-Lok™ テクノロジーにより、CBNの切削コーナ部分とネガチップの接合がさらに強固になります。
加工用途

CBN材種は主として硬度が45 HRcを超える高硬度鋼の仕上げ旋削加工に使用されます。硬度が55 HRcを超える場合は、CBNによる切削加工が従来の研削に代わる唯一の方法です。硬度が45HRc以下の軟鋼材はフェライト相の含有率が高く、CBNの摩耗に悪影響を及ぼすため推奨しません。
また、CBNはネズミ鋳鉄での旋削加工とフライス加工の高速荒加工にも使用可能です。
PCD(多結晶ダイヤモンド)材種

PCD(多結晶ダイヤモンド)材種とは?
PCDは金属系結合剤を用いて焼結されたダイヤモンド粒子の複合材料です。ダイヤモンドはすべての被削材質の中で最も硬く、最も耐摩耗性に優れた材料です。切削工具として耐摩耗性に優れていますが、高温下での耐化学摩耗性に欠け、鉄と容易に化学反応を起こします。
加工用途
PCD工具は高シリコンアルミ合金、金属基複合材料 (MMC) 、炭素繊維強化樹脂 (CFRP) を含む非鉄材料に制限されています。切削油を使用することにより、チタン合金の精密仕上げ加工にも使用可能となります。
サンドビック・コロマント材種
サンドビック・コロマントのチップおよび材種グループに関する情報はこちら。
この情報により、切削工具材質または適用領域に基づいて、チップや材種を簡単に選定していただくことができます。
鋳鉄加工用フライスチップ材種
高硬度のPVDコーティング(極めて厚いコーティング)材種で、ドライ加工での安定性に優れており、切削速度が高い、ネズミ鋳鉄の中荒荒フライス加工に好適。 厚いInveio(インヴェイオ)コーティングを施した、高硬度のCVDコーティング材種は、ウェット/ドライ加工の平均的安定した加工条件での、あらゆるタイプの鋳鉄材の中荒荒フライス加工用に設計されています。 利点と特長 Inveio(インヴェイオ)コーティングが高い摩耗耐性と長い工具寿命を実現 摩耗が予測可能な安定した材種 広範な加工領域... chevron_right
旋削加工でのクーラントおよび切削油の使用方法
切削油の主な役割は、工具と被削材間の切りくず排出、冷却、潤滑です。正しく使用すると、生産量は最大になり、加工安定性が高まり、工具性能と加工部品の品質が向上します。 場合によっては、クーラントを使用せずに加工すること(ドライ加工)が環境やコストの面でのメリットになります。ドライ加工を行う場合は、最善の工具、形状および材種を選定するために、サンドビック・コロマントのスペシャリストにご連絡ください。 多くの加工では、公差、加工面品質、被削性の要素のためにクーラントが必要です。クーラントが必要な場合は、最適化を行って能力を最大限に発揮させる必要があります。 切削加工にとって重要なクーラントの特徴にはさまざまなものがあります: クーラント媒体 クーラント出口 クーラント圧 クーラント媒体 旋削時に使用されるクーラント媒体は多数あります: エマルジョン:水と油を混ぜたもの(水に5–10%の油)が最も一般的なクーラント媒体です 油:一部の機械では、油がエマルジョンの代わりに使用されます 圧縮空気:切りくず排出に使用されますが、良好には熱を取り除きません MQL... chevron_right
ねじ切りチップと材種
GC1125は、コロスレッド266使用時の鋼 (ISO P)、ステンレス鋼 (ISO M)、鋳鉄 (ISO K)、非鉄金属 (ISO N) 被削材用の第一推奨です。このPVD材種は、コーティング材種の卓越した耐摩耗性とノンコート材種のシャープな刃先およびじん性を兼ね備えています。鋼のねじ切り加工、中高速切削に最適です。 利点と特長 高い耐摩耗性 少ないパス数での加工が可能 鋼... chevron_right
高硬度鋼用フライスチップと材種
GC1010は、軽荒仕上げ加工に適したPDVコーティング材種です。塑性変形、熱亀裂やその他のタイプの摩耗に対する卓越した耐性により、長時間加工が可能で、36 HRC以上の高硬度鋼の加工に適しています。 メリットと特長 高硬度鋼の旋削加工用の第一推奨 高い切削速度 安定性と長い工具寿命を実現 高硬度のPVDコーティング(薄いコーティング)材種で、36... chevron_right